魔法の護石、ドフス。それに守られし国。
その国を、アマクナといった。

古来よりアマクナに存在し、13の戦士により討伐された魔物達、ドップル。
13の戦士を模したそれらは、アマクナに点在するクラス寺院にて手懐け調教されている。
目的は、冒険者の訓練用である。
所定の手続きを踏めば、1日1回、ドップルと戦うことができる。
寺院は全部で13あるので、1日13種のドップルと戦うことができるという訳だ。
ドップルと戦う経験は大きく、ほぼすべての冒険者が日課としている。
それは、駆け出しの冒険者だけでなく、熟練の冒険者も例外ではない。

シャオリーも、そんな冒険者の一人であった。
彼女は、弓を扱い遠距離に長けるクラというクラスに就いていた。
冒険者として駆け出して早数ヶ月。熟練とはいかずとも、中堅ぐらいにはなっただろうか。
ちょうど初心者を抜けた辺りだ。色んなスキルを覚え、色んな事が出来るようになってきただろう。
だが。

シャオリーは、苛立っていた。
トレーニングのために寺院をめぐりドップルを倒す。
道中のインガルッセの田畑で麦を狩り、アマクナ村でパンを焼き、アストゥルーブの街に寄ってそれを売る。
それが終われば、街中に散在するピウィ鳥の駆除。
一撃で仕留めたピウィから羽をむしり取り、素材マーケットに卸す。
ピウィの羽は仕立て屋の見習いが使うのでよく売れるのだ。
卸した頃にパンが売り切れるので、またインガルッセの田畑に向かい、麦を刈る。
そしたらまたアマクナ村でパンを焼き、アストゥルーブで卸す。
ピウィの駆除も忘れない。その繰り返し。
「ピウィなんて…。」
彼女の不満はそこだった。
何せこのピウィ、魔物というには弱過ぎるのだ。
そこらに飛んでいる小鳥と何も変わらない。子供がペットとして飼えるくらいだ。
炎をまとった矢の一撃で数匹まとめて片付けられるほどに弱い。
これでは鍛練どころか準備運動にもならない。
寺院で戦うドップルも、所詮は訓練されたもの。
何度か戦う後に、各ドップルの行動パターンは覚えてきている。

弱すぎるピウィ。パターン化されたドップル。
単調な繰り返しの毎日。
それがシャオリーを苛立たせていた。

鬱憤をぶつけるように、小麦に鎌を入れる。
シャオリーが鎌を振るうこの田畑は、インガルッセの一族が所有する土地だ。
だがあまりにも広すぎて収穫しきれず、麦が腐るということで、一族の必要分以外の田畑は冒険者に開放されている。
刈ったものは好きにしていいという、太っ腹な話つきで、だ。
シャオリーもその恩恵にあずかり、遠慮なく麦を刈っている。

ざくざくと慣れきった手つきで小麦を収穫する。
時折、小麦畑に潜むトフ鳥や邪悪ローズなどのモンスターに襲われることがあるが、弓で軽くあしらう。
追い払うのには数分でいい。終わればまた麦刈りを再開する。
「トラクターみたいだな。」
収穫を終え、作業所の挽き機を利用しに来たシャオリーを茶化したのはこの田畑の主、ファルレ・インガルッセだ。
「使っていいって言ったじゃない。」
ファルレの方に振り返らずに、シャオリーは挽き機を稼動させる。
刈りたての小麦の山が小麦粉に変わっていく。
「いや…まぁそうだけどな…」
こんなに刈り取られるとは思わなかった。
正直な感想を漏らすファルレに、シャオリーは溜息を吐く。
「仕事を手伝えって。言ったのはあんたでしょう。」
彼女が指しているのは、昔、小麦を100束持って来いなどというファルレが提示した仕事の手伝いの事だ。
見事こなした者には、田畑の主の彼の名を冠した鎌が与えられる。
シャオリーはその鎌を使って日課の麦刈りを行っているのだが。
「あれの経験が生きてるのよ。」
きっとね。彼女はそう言って、挽きたての小麦粉の袋の口を縛る。
「そろそろ仕事戻ったら?奥さん、怖いんでしょう?」
視線をファルレから少し逸らす。作業所の出入口の方へ。
シャオリーの予想通り、すぐにその声は響いた。
「ファルレ!ファルレ!さぼってないて働きなさいよ!!」
ファルレを呼ぶのは彼の妻シーカ。
「あぁ!今行く!」
農夫のエプロンの紐を縛り直し、ファルレはすぐに妻の元へ向かった。
残されたシャオリーは、小麦粉の袋を肩に担いで立ち上がる。
「はぁ…重い…」
足取りに元気がないのは、小麦粉が重いだけではない。単調な毎日に飽きての事。
これがいわゆる『中だるみ』という奴だろうか。
しかしさりとて、目新しいものがある訳ではない。

溜息を再度吐いて、シャオリーはパンを焼くためにアマクナ村に向かった。

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